店を自分で何軒も出したのと同等の力が付く
是非ココで学んで独立し、自分の後輩になってほしい
村山 敬
(株)けいか堂飲料店
独立オーナー / 44歳
2019年
現在に至る
門や黒門町スタンド、 キッチンカドヤ、 蕎麦酒屋角ヤ湯島天神町店、 蕎麦酒屋角ヤ上野池之端店、 蕎麦酒場角ヤ新宿春日テラス店、 蕎麦酒場角ヤ新宿花園、 宮城北部の酒と肴くりはら屋をオープン
2017年
料理小屋けいか堂、カドヤ黒門町スタンド、宮城北部の酒と肴 くりはら屋、PIZZEERIA ANGOLO、炭火焼キッチンカドヤ、蕎麦 角ヤ、かどや春日テラスと続々とオープン
2006年
独立。東京都湯島に11月11日11坪の「バーカドヤ」をオープン
2004年
店長として「水響亭銀座」を立ち上げる
2002年
店長として新業態「WAZA」を立ち上げる
2001年
店長に昇格
1998年
入社。「 BAR DEPO」にサービス担当として入社。

一番興味を持っていたバーの分野も網羅していましたし、
飲食を広く知るにはココかなぁと思ったので

ダイナックに入社を決めたその決め手を教えてください。

ダイナックは元々外食企業4社が合体した多業態の会社でした。要するに、居酒屋だけでなくイタリアンもバーも・・・といった風に色んなスタイルのお店を作ってたんですね。
当時自分が一番興味を持っていたバーの分野も網羅していましたし、飲食を広く知るにはココかなぁと思ったのでダイナックを選びました。

 

入社する時点では「独立」についてどのようにお考えでしたか?

おぼろげに「いずれは飲食店を運営し、独立をしたいな?」という感じで、絶対にいつまでにするぞ!という強烈なものではありませんでした。
ダイナックで働いているうちに、独立したいという想いが強まってきた、そんな感じですかね。
独立が具体的な目標になったのは、ダイナックのある店舗の店長をしている時でした。来年の予算を作る時期で、この予算組みをしたら、あと1年はこの店で頑張らなくちゃな、と思い物件を探し始めたのがキッカケです。笑
いや、店が嫌だった訳ではないんですよ。本当に。
当時は店長という役職でしたが、自分で新業態を考えて立ち上げをするようないわゆる「ブランディング」なんかもやっていて、少しマネージャーっぽいこともしてました。丁度私よりも若いマネージャーを育てていこうとする時期でもあり、また自分の思う「理想の店舗作り」が出来ないなと感じるところまで来ていたので、いいタイミングだな、と感じた部分もありましたね。

 

悲しいかな、独立をしたいというと、
止められることはありませんでした。(笑)

ダイナック時代の成功体験を教えてください。

野菜の履歴書がウリの「WAZA」と壁一面が水槽になっている「水響亭」という2つの新業態立ち上げに携わらせていただいたことは、非常にやりがいがあり、私の中では成功体験だと思います。
なんせこの世の中に無い店を作るんですからね。
自分がブランディングから取り組ませてもらってオープンさせたときは本当に柄にもなく涙しましたね 笑。
そして、この2つの立ち上げと同時平行で、響という店舗のオープンにも関わることができたのも貴重な経験です。あの時が一番仕事、してたんじゃないかな?

 

独立することに対して、上司や周囲は、どのような反応でしたか?

悲しいかな、独立をしたいというと、止められることはありませんでした。(笑)
もともと風土として、独立したいと考えている人の方がモチベーションは高いと判断する傾向もあったと思います。そう宣言する人の方が新業態開発だったり、新店舗の店長だったり、任せられるケースが多かったですしね。

「ダイナックで店長をする」ということは、
店を自分で何軒も出したのと
同等の力が付くと思うんです

ダイナックで学んでいてよかったと思ったことを教えてください。

ダイナックは店長に任せる部分がとても大きいんです。
だから「ダイナックで店長をする」ということは、店を自分で何軒も出したのと同等の力が付くと思うんですよね。
お店作りからメニュー作り、経営まである程度店長に裁量があるのでそこでの学びが、一番多かったように感じます。
あとは新業態の開発、という仕事に携われていたので、何も無い、0の時点から自分で作り上げるという経験が、今とても活かされていると感じます。
他に勿論、企業的なメリットもありました。様々な設備が整っていたり、教育もしっかりしていたりと出来上がった環境に自分の身を置くので、それらがどう出来上がったのか、作られてきたのかの成り立ちを意識して仕事をすることが今の自分にも役に立っていると思います。

当然ガッチリ儲かっています。(笑)
お金だけでなく、これまで自分が思い描いていた
夢に沿えて、運営できていると思います

独立する際どのようなことが不安でしたか?

集客できるかどうか、というのが一番心配でしたね。店を開けて果たしてどれだけのお客様が来てくれるか。あとはお金の管理です。稼げるかどうか。運転資金も無いような状況でやり始めましたので。でも、ダイナックで新業態のオープンから携わってきたことや、店長としての経験があったので規模感の違いはありますが、新しい会社を立ち上げることも店舗を立ち上げることもびっくりする違いは無かったように思います。どれだけの資金を投入するのかも度胸がついていましたしね。

ぶっちゃけ独立オーナーになっても稼げてますか?
儲かっていますか?

私の会社は東東京の下町で、10坪くらいの小さいお店をいくつか出店しています。
客単価3000円くらいで日常使いができるお店です。
独立前はダイナックという企業で大きなお店ばかりやっていた反動?もあってか、アットホームで、大手ではできないような店が今のわたしのお店の特徴ですかね。
そして、当然ガッチリ儲かっています。(笑)
お金だけでなく、これまで自分が思い描いていた夢に沿えて、運営できていると思います。
今、1年に1店舗ずつ作ることを目標にしているのですが、現在9店舗立ち上げて、2店舗売却しています。

村山オーナーの経営上での理念やこれからの展望を聞かせてください。

私が経営する上での理念としていることは、「全て人から」考えるということです。
経営と考えると、人よりもテクニックや、内装や数字に目が行きがちですが、私はなるべく人や地域に合わせること、に力を入れています。ですから人材採用についても注力して、一人のアルバイトを採用するにもなるべく自分で会って面接をしています。
これからの展望としては、店舗数の目標もありますが、先程お話しましたように、人ありきだと考えていますので任せられる人がいるからこそ、次の店舗展開に繋げることが出来ています。今年も実は出店計画中ですしね!
また、故郷の宮城で加工品を作ったり、農作物を集められるようなお店をやりたいと思っており、そこで作ったものを都内の店舗で商品にして販売して、カッコつけていえば、故郷に恩返ししたいですね。

人の繋がりを大切にしている会社であり、
この繋がりは間違いなくプラスになります。

現在、ダイナックとの関係はどのようなものですか? 

独立しても意外と繋がりは絶えないもんですね。
同じ飲食業に携わる者として、色んな意見交換をするために一緒にお酒を飲みに行ったりもしますし。
お世話になっていた先輩がダイナックで部長になられていたり、課長になった同期もいるしで結構気兼ねない関係かと思います。前役員がうちの店に遊びに来てくれたり、独立してからもダイナックとの関係が続いているのは、とてもありがたいことです。
今になって思うことですが、独立をするとダイナックの良さがとてもわかります。
勤めていると見えないことがありますが、辞めると見えてくるものがたくさんあるんです。笑

将来独立を目指したいと考えている方にメッセージをお願いします。

変な言い方ですが、ダイナックは独立開業に向いている会社です。そのノウハウも学べますし、何より人の繋がりを大切にしている会社であり、この繋がりは間違いなくプラスになります。是非ココで学んで、私の後輩になってほしいと思います。
ただ、入社して安心!では無く、私のように業態開発や色んなことに挑戦してもらいたいですね!後輩が出来るのを楽しみにしています。